事件番号:平成16年(家)第257号 事件名 :児童の福祉施設入所承認申立事件 裁判所 :広島家庭裁判所福山支部 判決日 : 平成16年11月10日 (2004-11-10) 判示事項:  一時保護中の児童(8歳)につき児童相談所長が児童養護施設への入所の承認を求めた事案について、 母は、数年にわたり、しつけと称して児童を厳しくしかり、時には身体暴力にまで及び、 さらには児童を虐待している旨を児童相談所等に自ら訴えて関係機関の関与を求めるということを多数回行ってきたものであり、 そのために児童は何度も一時保護されているといったこれまでの経緯に照らすと、 母と児童とを同居させれば、これまでと同様の不適切な監護が繰り返される蓋然性が高いといえるから、 母の反省、自戒を一応信頼したとしても、児童を母に監護させておくことは、 著しく児童の福祉を害するものであると認められるとして、児童養護施設への入所を承認した事例 参照条文: 児童福祉法28条−1 家事審判法9条−2 掲載文献: 家庭裁判月報57巻7号35頁 -------------------------------------------------------------------------------- 主   文 申立人が事件本人を児童養護施設に入所させることを承認する。 理   由 第1 申立ての要旨     本件は,要するに,事件本人の母Bが,事件本人に対して身体的暴行を加えるなどした上,     その状況を児童相談所等に伝えるといった行動を続けたことから,     平成16年3月14日に発生したBによる事件本人に対する暴行事件を機に,     児童養護施設において事件本人を一時保護することになったという状態があるにもかかわらず,     Bは,事件本人の施設人所に同意しないので,子の福祉のため,主文同旨の審判を求めるというものである。 第2 当裁判所の判断 1 本件記録(当庁家庭裁判所調査官の報告書を含む。)によれば,次の事情が認められる。 (1) 事件本人は,平成8年6月22日,父C,母Bの長女として出生したものであり, 平成11年3月24日上記父母が協議離婚した際,その親権者は母Bと定められた。 (2) Bは,同年6月28日,現住居地に転居し,看護助手として働きながら事件本人の養育に当たっていたが,     上記転居ころから,事件本人が他の子に比べて発育が遅れているのではないかと思い悩むようになった。     そして,Bは,事件本人が他の子と同じようになって欲しいと思う余り,事件本人を厳しくしかるようになり,     時には同児に対して暴力を振るうようになった。     平成12年5月30日,Bは,事件本人を連れて広島県福山児童相談所(以下,単に「児童相談所」という。)を訪れ,     生活苦から事件本人に言葉の暴力,身体的暴力を加えてしまうなどと訴えるとともに,事件本人を施設に入れたい旨述べた。     また,同年半ばころから,児童相談所に対し,Bによる事件本人の虐待を示唆する匿名情報が何度か寄せられた。     以後,Bは,そのころから平成16年3月ころまでの間,児童相談所関係者に対し,自ら電話をかけて,     事件本人を虐待してしまう旨や,同児の養育をできない旨などを訴えるということを多数回行い,     事件本人は何度も一時保護された。そうした出来事のうち,重要と思われる事例を摘示すると,次のとおりである。 ア 平成13年2月26日,Bが,児童相談所に対し,   電話で「このままでは,この子を殺してしまう。児相で預かってもらえないか。」などと訴えてきたことを契機として,   児童相談所により,事件本人の一時保護が実施された(同年3月1日解除)。 イ 同年6月7日,Bは,児童相談所に対し,電話で,事件本人が手に負えない状態になってストレスがたまり,   最近は同児を大声でしかりつけるようになって,手も出してしまう旨を訴えた。   さらに,同年7月27日,事件本人がBにたたかれて一時失神状態になり,その旨がBから児童相談所に電話で伝えられた。   同日,児童相談所によるB方の立ち入り調査が実施され,事件本人は直ちに児童養護施設で一時保護されることとなった(同年8月9日解除)。 ウ 同年12月20日,児童相談所主任児童委員に対し,Bから電話があり,その電話口から事件本人の泣き声が聞こえていた上,   Bが「どこか預かってくれる所を探してください。このままだとこの子を殺してしまいます。   今もたたいたり,包丁を持ち出したりしたし,手ぐらい折れてるかもしれません。」などと言ったため,   上記主任児童委員らがB方に駆け付けるという出来事があった。 エ 平成14年2月24日,児童養護施設に対し,Bからの電話があり,同女は,興奮した様子で,   事件本人を虐待しているので施設で預かって欲しい旨を訴えた。   また,この電話の際にも,電話口から事件本人の泣き声が聞こえていた。   この事態を受けて,事件本人は,同日から養護施設で一時保護されることとなった。   同年3月29日,一時保護は解除されたが,同月31日になって,Bが,児童相談所に電話をかけ,   事件本人を風呂に入れるのも困難で,食事の支度も難しいので,できれば同児を保護してもらいたい旨申し出たため,   同年4月2日,再び事件本人の一時保護が開始された(同月12日解除)。 オ 同年5月23日,事件本人が,児童相談所主任児童委員に対し,泣き声で電話をかけてきたため,   同主任児童委員がB方を訪れたところ,Bがびんの破片を片づけていた。   Bは,上記主任児童委員に対し,混乱して物を散らかしてしまい,事件本人にもけがをさせたという趣旨の説明をした   (もっとも,同主任児童委員の見たところによれば,実際には,事件本人に受傷は認められなかった。)。 カ 平成15年5月27日,Bは,上記主任児童委員に電話をかけ,事件本人の施設に預けたい旨言ったことを契機として,   同日から事件本人の一時保護が開始された(6月3日解除)。 キ 同年10月7日,Bは,事件本人が宿題をしないことなどに腹を立て,   炊飯器の内釜を事件本人の足付近に投げて同児の足に当てるなどし,   その後,事件本人が泣きながら上記主任児童委員に電話をかけてきたため,   同主任児童委員が直ちにB方に赴くということがあった   (もっとも,事件本人は,同委員が駆け付けた時には既に平静を取り戻していた。)。   さらに,翌8日,Bは,激怒した末,新聞紙の塊で事件本人をたたき,   の直後に駆け付けた上記主任児童委員が同児を見たところ,そのももに赤くたたかれた跡が残っていた。 ク 同月14日,Bは,児童相談所に電話をかけ,その電話中,事件本人の食事の態度に腹を立てたためか,   興奮した様子で同児をしかりつけた上,児童相談所担当者に対して,これ以上事件本人の養育をできない旨述べた。 ケ 同月30日,Bは,児童相談所に電話をかけると,興奮した様子で「もういいです。お願いします。」と言ってすぐに電話を切り,   続いて,直ちに折り返し電話をしてきた児童相談所担当者に対し,「もうこのままだと殺してしまいますよ。」   などと言って電話を切った。 (3) 平成16年3月14日,事件本人が,上記主任児童委員に電話をかけ,泣きながら,Bに首を絞められた旨を述べた。     状況を図りかねた上記主任児童委員が,Bに事実関係を質したところ,     同女は「言うことを聞かないからした。殺そうと思って首を絞めた。もういいです。どこでも預けてください。」     などと言った。そこで,上記主任児童委員が,直ちにB方に駆け付け,事件本人の身体を確認すると,     その首には約1cmくらいのひっかき傷様の痕跡が認められた。 なお,Bは,この日の出来事について,事件本人がBの言いつけを守らずに午前10時前からアパートの通路に出て ボール遊びを始めたため,「中に入りなさい。」と言って同児が着ていたトレーナーのフードを持って上に引き上げるなどしたが, 手で首を絞めてはいないなどと弁解しているが,同日のB及び事件本人の言動,事件本人の受傷状況等に照らすと, Bは事件本人の頸部を手で絞め付けたものと認められる。 (4) 同日,事件本人は,児童相談所において一時保護され,同月下旬以降,保護委託先のある児童養護施設において生活している。     Bは,事件本人が一時保護された際には,特に反対の姿勢を示さなかったが,     そのうちに事件本人の引き取りを強く求めるようになり,同児を強引に奪い返そうとする行動に出ることもあった。 (5) 事件本人は,前記児童養護施設に入所した後,当初は奇声を発するなど奇異な態度をとることもあったが,     次第にそのようなこともなくなり,施設内での生活にも慣れ,近隣の小学校に通うなど,     おおむね落ち着いた様子で生活している。また,事件本人は,家に帰りたいという趣旨のことを言うことはなく,     当庁家庭裁判所調査官による事件本人の面接調査(平成16年6月実施)においては,     引き続き上記養護施設内で生活することになってもよい旨の意思を明確に表した。 (6) 当庁家庭裁判所調査官による調査結果(調査期間は平成16年4月から同年7月。同月29日報告書作成)によれば,     事件本人には,大人に対する不信感があるとうかがわれ,     同児は,おどおどした様子で顔色をうかがったり,依存欲求を素直に表現できずに攻撃的な態度をとるなどの     歪んだ自己表現をしているものと認められる。もっとも,前記児童養護施設関係者の陳述等を合わせ勘案すると,     前記のとおり母子分離がなされた以降,事件本人は,次第に年齢相応の素直な自己表現の兆しを見せ始めていることも認められる。 2 Bは,要旨,次のような陳述をしており,事件本人の施設入所等の措置には反対である旨の意向を示している。 (1) 事件本人には他の子と同じ事をして欲しいと考え,それができない事件本人を厳しくしかったり,脅したりしてきた。     それが事件本人に対するしつけであると考えており,同児のためと思ってしてきたことである。     しかし,本件手続の中で,これまでの自分の行動が事件本人に苦痛を与えてきたことを自覚し,反省している。     今後は同じ失敗をしないように努力するし,同じ事を繰り返さない自信があるので,事件本人を自ら養育したい。 (2) 事件本人の施設入所を認めると,同児は母から見捨てられたと感じるのではないかと不安である。     事件本人と長期間離れて暮らすと,同児の気持ちが自分から離れてしまうかもしれないので,施設入所には同意できない。 3 以上の事情等を前提として,本件申立ての当否について判断する。   事件本人の実母Bは,平成16年3月14日から開始された事件本人の一時保護に至るまでに,   数年にわたって,しつけと称して事件本人を厳しくしかり,時には身体的暴力にまで及び,   さらには,事件本人を虐待している旨を児童相談所等に自ら訴えて関係機関の関与を求めるということを多数回行ってきたものであり,   そのために事件本人は何度も一時保護されているところである。   こうしたBの一連の行動は,客観的にみれば,児童の心身の発達に悪影響を与えかねないものであり,   Bによる事件本人の養育,監護は適切さを欠いたものであったといわなければならない。   しかも,事件本人には,大人に対する不信感があるとうかがわれ,同児は,おどおどした様子で顔色をうかがったり,   依存欲求を素直に表現できずに攻撃的な態度をとるなどの歪んだ自己表現をしているものと認められることを考慮すると,   Bの上記のような不適切な監護は,現実に,事件本人の心理的な安定や,社会性発達に著しい悪影響を与えているのではないかと   強く懸念される状況が存する。また,本件申立てに至るまでの経緯に照らすと,Bの反省,自戒を一応信頼したとしても,   これのみによって同女による事件本人の監護が直ちに改善されるとは考え難く,現状のまま,Bと事件本人を同居させれば,   これまでと同様の不適切な監護が繰り返される蓋然性が高いといえる。   したがって,このまま事件本人をBに監護させておくことは,著しく事件本人の福祉を害するものであると認められる。   そして,保護委託先の養護施設における事件本人の生活はおおむね安定したものであり,   次第に年齢相応の素直な自己表現の兆しを見せ始めてもいることをはじめとする上記一切の事情等を総合考慮すると,   当面の間,事件本人を児童養護施設に入所させるのが相当と判断される。 4 よって,本件申立てには理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり審判する。(家事審判官 中島経太)