事件番号:平成17年(家)第4651号 事件名 :児童の福祉施設入所承認申立事件 裁判所 :東京家庭裁判所 判決日 : 平成17年9月5日 (2005-09-05) 判示事項: 一時保護中の児童(5歳)につき児童相談所長が児童養護施設への入所の承認を求めた事案において、児童は、母及び養父から暴行を受け、また養父が覚せい剤の影響で暴れたり、父母間の暴力を伴う喧嘩を日常的に目の当たりにするなどの生活環境にいたものであるところ、母はこれまでの暴力等を反省しており、養父は服役中で当面は家族に戻らない状況ではあるものの、母は定職に就かず、生活は極めて不安定であり、またこれまでの安易に暴力を振るう傾向は直ちに解消されるものではないと考えられることなどの諸事情に照らすと、児童を母らに監護させることは著しく児童の福祉を害するものといわざるを得ないとして、児童養護施設への入所を承認するとともに、児童相談所長からの意見を受けて、児童相談所長に対し、勧告書を用いて、児童福祉法28条6項に基づく勧告をした事例 参照条文: 児童福祉法28条−1 児童福祉法28条−6 家事審判法9条−2 掲載文献: 家庭裁判月報57巻11号73頁 -------------------------------------------------------------------------------- 主   文 申立人が事件本人を児童養護施設に入所させることを承認する。 理   由 (申立ての要旨) 主文同旨 (当裁判所の判断) 1 一件記録によれば,以下の事実が認められる。 (1) 事件本人は,平成12年3月30日,事件本人親権者母(以下「実母」という。)と某との間の子として,山形県内において出生した。 事件本人出生後まもなく,実母は事件本人親権者養父(以下「養父」という。)と交際を始め,平成14年1月30日婚姻し,同年4月9日養父及び実母と事件本人とは養子縁組をした。 (2) 実母は,昭和56年9月17日,山形県内において出生したが,実母が小学校4年生のころ両親は離婚して実母は父と生活するようになり,その後実母は情緒不安定となって対人関係等でトラブルを起こすことが増えた。中学生時代には恐喝等で何度も補導され,2年生の5月から卒業間際まで××××に入所し,中学卒業後は水商売に従事するようになった。そして,18歳のころ遊び仲間であった某の子である事件本人を出産した。このような実母に対し,実母の父は厳しく対応し,時にはしつけとして暴力を振るうことがあった。 養父は,昭和41年7月29日,山形県内で出生し,高校まで進学したが中退した。養父は,平成12年ころ水商売をしていた実母と知り合い,一緒に生活を始めたが,その当時から暴力団に所属していた。 (3) 実母は,事件本人を実家に預けて養父と暮らしていたが,平成13年6月ころから何度か山形県福祉相談センターを訪れ,事件本人を乳児院に預けたいと相談していた。事件本人は,平成14年1月22日,緊急一時保護され(一時保護時の事件本人の様子として,38度の発熱があり,体に数か所の傷が確認されている。),同年3月8日,□□乳児院に同意入所措置が採られた。 養父は,平成13年12月に脅迫罪で逮捕され,平成14年2月に懲役8月の実刑判決を受けて△△刑務所に収監されたが,その間に,前記のとおり,事件本人は一時保護の上乳児院に入所し,養父と実母の婚姻届が提出された。同年4月3日事件本人は家庭引取となったが,実家に預けられ,同月9日刑務所に収監中の養父及び実母との養子縁組届が提出された。 養父は同年9月26日に刑務所を出所し,その後実母は事件本人を引き取って3人で暮らし始めた。そのころから,養父は事件本人を叩くようになり,また,実母も事件本人に対して,しつけとして暴力を振るうようになった。 平成16年2月ころ,養父が暴力団関係でトラブルを起こしたことから,一家は山形を離れて埼玉県和光市に転居し,同年5月には東京都立川市に転居した。実母が水商売をして家計を支える一方で,養父は定職に就かず,覚せい剤に手を出すようになり,自宅内でも覚せい剤を使用していた。 同年9月ころ,一家は東京都港区のマンションに引っ越した。実母は,クラブでホステスとして働くようになり,養父は,相変わらず自宅内で覚せい剤を使用していたが,覚せい剤が切れるといらいらして,物を投げるなど実母とのけんかが絶えず,腹を立てた実母が包丁を持ち出して養父に切りつけることもあった。事件本人は,幼稚園や保育園に通うことなく,もっぱら自宅で養父らと過ごす毎日であった。 (4) 同年10月末ころ,実母は,自宅内において,事件本人がガスコンロをいじっていたことに腹を立て,調理に使用していてまだ熱い状態にあるフライパンを事件本人の左ほほと右足ふくらはぎに押し付けるなどし,事件本人に熱傷を負わせた(医師の診察・治療は受けさせていない。)。また,このころ,養父は,自宅内において,事件本人が養父の説教をよそ見をして聞いていない様子であることに腹を立て,事件本人の頭部にスプーンを投げつけ,事件本人に傷を負わせた。 (5) 同年11月3日午前3時ころ,養父と実母が夫婦げんかをしていた際,実母は自宅前にあった交番に駆け込み,警察官に対し,「夫が覚せい剤をやっている。夫が事件本人をいじめる。」などと訴えた。そして,事件本人を連れて実母を追いかけてきていた養父と路上で更に言い争いになったことから,駆け付けた警察官らは,当事者らを○×警察署に同行した。同署において,実母は,前記同様の供述をしたほか,事件本人の身体の傷について問われたのに対し,「自分もしょっちゅうやっている。フライパンのほかに蹴ったりしている。夫からの暴力等でストレスがたまり,こどもに八つ当たりした。」などと述べた。 このような事実が判明したことから,同山○×警察署長は,児童福祉法25条により,申立人に対し事件本人を通告した。通告を受けた申立人は,同日,事件本人を東京都児童相談センター内に一時保護した。 (6) 同月18日付け東京都児童相談センター医師□△□△作成の診断書によると,事件本人について,(1)右下腿内側に円形の皮膚潰瘍(径4.5×5.0センチメートル)を認め,表皮なく,真皮が桃色に露出し,熱傷2度,同月4日から全治1か月余,(2)頭皮内,左前頭寄りに前後方向にえんじ色線状傷口(長さ4センチメートル,幅2ミリメートル)があり,同日から全治約1週間,(3)その他複数の傷痕(左ほほ耳前の薄桃色の楕円形の皮膚変化(径4×5センチメートル)等頭部,顔面,左腕,腹,足に8か所)の傷害が認められている。 事件本人は,一時保護当初は,他の児童に対し首を絞めるなど粗暴な行為,大人に対しての関わり方のぎこちなさ,身体的・心理的距離の取り方の不自然さがあった。また,大人の態度への過敏さ,音への過度の恐怖感(パニック状態でその場から逃げ出す)が認められ,家族の話をして過去の虐待体験の想起があるとぼうっとした表情になったり,虐待時に受けた熱傷について「痛くなかった」と述べるなど解離症状があり,いらいら感,集中力の低下,過覚醒,回避などから,PTSDと診断できる状態にあった(児童票(6)医学的所見)。 (7) 事件本人は,平成17年3月29日から児童養護施設に一時保護委託されており,同年4月9日からは同施設から幼稚園に通っている。現在は,他の児童とも落ち着いて過ごすことが多くなり,また,PTSDに関係する症状はさほど顕著ではなくなっている。 事件本人は,右足と左ほほの熱傷については,「ママがやった。」と述べている。実母と養父については,好きと述べる一方で,家に帰ってまた怪我をしたり熱傷をしたりするのは嫌だと述べているが,実母らに関する気持ちや施設における生活に関する意向等は明らかではない。 (8) 養父は,平成16年12月14日覚せい剤取締法違反で逮捕され,平成17年2月16日同罪(自己使用,所持)により懲役2年の実刑判決を受け,現在□□刑務所で服役中である。本件については,自宅内に覚せい剤を使用していたことや事件本人に暴行したことがあることは認めているものの,これらの行動について真摯な反省の態度はみられない。また,実母との婚姻及び事件本人との養子縁組については継続する気持ちであり,事件本人を実母のもとに帰してほしいとの意向である。 実母は,同年1月でホステスの仕事はやめ,同年4月から生活保護を受給し始め,同年6月から肩書住所地で一人で生活している。本件については,事件本人にフライパンを押し付けたのは火遊びをして危ないからしつけのためにやったことである,それを除けばそれほど大きな暴力を振るったことはないと述べている。そして,平成16年11月に事件本人が一時保護された直後から申立人に対し事件本人の引き取りを強く要求しており,早く一緒に生活したい,施設に入れるのは反対であるとの意向である。 2 以上の事実に基づいて検討する。 (1) 身体的虐待について 平成16年10月末ころ,実母は,事件本人がガスコンロをいじっていたことに腹を立て,熱したフライパンを事件本人の右足ふくらはぎと左ほほに押し付けるなどして,事件本人に全治1か月余を要する熱傷等を負わせ,養父は,事件本人が養父の説教をよそ見をして聞いていない様子であることに腹を立て,事件本人にスプーンを投げつけ,頭部に全治約1週間余を要する傷害を負わせた。 また,事件本人は,実母及び養父から日常的に暴行を受けていたものと認められる。実母は審問において日常的な暴力については否定しているが,一時保護時に前記の熱傷等のほかにも複数の傷跡があったこと,養父は家裁調査官に対し実母が体罰を用いてしつけを行っていたと述べていること,実母も,養父とけんかしていらいらした際には事件本人に八つ当たりしていたことやしつけのつもりで暴力を振るったことがあることは認めていること,養父は覚せい剤の常習使用者であり,覚せい剤が切れると自宅内で暴力を振るうなどしていたことなどの事実に照らすと,事件本人は,実母及び養父の双方から,しつけと称して,又は八つ当たり等の理由で,日常的に暴行を受けていたものと認めるのが相当である。 これらは,事件本人に対する身体的な虐待であると認められる。 (2) 保護者の監護能力等について 養父は,前記認定のとおり,定職に就かず,暴力団関係者であり,また,覚せい剤の常習使用者であって,覚せい剤が切れると自宅内でも暴力を振るっていた。また,現在覚せい剤取締法違反の罪により刑務所に服役中であるが,家裁調査官の調査結果によると,事件本人にかわいそうなことをしたと述べるなど一応の反省の言葉は口にしているものの,覚せい剤にしろ日常生活にしろ,真摯に反省しているとは認められない状態である。 実母は,現在無職であり,中学卒業以来これまで水商売以外の仕事をしたことがない。また,原因は覚せい剤を常習的に使用していた養父にあるものの,自宅内で養父としばしば喧嘩となり,喧嘩の際には包丁で切りつけるなど実母も激しい暴力を振るっていた。実母はその生育過程において父から暴力を受けていた経験があることなどもあって,安易に暴力を振るう傾向が認められ,また,家裁調査官の調査結果によると,情緒が不安定で感情統制が弱い,ストレスをためやすく,ある程度たまると爆発してしまう傾向も認められる。このようなことから,実母は,事件本人に対する愛情はあるものの,暴力を振るうこともしつけと誤解しており,また,自らの感情を抑えきれずに事件本人に悪影響を与える行動に及んでしまっていたものである。 また,事件本人に対する直接の暴行のほかに,事件本人の面前で,養父と実母がしばしば喧嘩し,時には激しい暴行が行われていたことは,それ自体事件本人の成長発達に極めて悪い影響を与えていたものと考えられる。 (3) 事件本人の状況について 事件本人が一時保護された時点における状態は,前記認定のとおりであって,身体的に多数の傷害が認められたほか,精神面においても実母らによる暴行や父母の喧嘩が絶えない等の家庭環境による影響が認められた。保護されて半年以上施設における生活を過ごし,現在は相当程度落ち着いてきているものの,家裁調査官の調査の際に,あちこち動き回ってほとんど落ち着いて話すことができず,「殺す」といった言葉が自然に出ていた等なお不安定な部分があり,今後も落ち着いた環境において継続的に専門的な手当てを行うことが必要と認められる。 (4) まとめ 以上のとおりであって,事件本人は,実母及び養父から暴行を受け,また養父が覚せい剤の影響で暴れたり,父母間の暴力を伴う喧嘩を日常的に目の当たりにするなどの生活環境にいたものであるところ,実母はこれまでの暴力等を反省しており,養父は服役中で当面は家庭に戻らない状況ではあるものの,実母は定職に就かず,生活は極めて不安定であり,またこれまでの安易に暴力を振るう傾向は直ちに解消されるものではないと考えられること,養父は従前の生活態度に対する反省が深まっておらず,出所後事件本人らと生活するようになるとこれまでと同様の事態となる可能性が高いことなどの諸事情に照らすと,現時点において事件本人を保護者に監護させることは著しく事件本人の福祉を害するものといわざるを得ない。 したがって,事件本人を児童養護施設に入所させることが相当である。 3 そして,施設入所措置を終了して事件本人が家庭において健全な養育を受けることができるようにするためには,実母については,子の養育に対する考え方(特に「しつけ」の問題)や自らの生活態度を改善することが必要であり,また,養父については,実母と同様,子の養育に対する考え方の改善ほか,覚せい剤等薬物との関係を断ち切り,定職に就くなど健全な社会生活を送るようすることが必要である。実母らは事件本人に対する愛情は持っており,事件本人も暴力は嫌であるものの,実母らに対する親和性はあるのであって,実母らの状況が改善すれば,健全な親子関係を作ることは可能と考えられる。したがって,施設入所措置中に児童相談所による実母らに対する適切な指導が実施されることが重要となる。 そこで,申立人が事件本人の入所措置を採ることを承認するのに併せて,申立人に対し,これらの点について実母らに対し必要な指導措置を採ることを勧告する。 4 よって,主文のとおり審判する。(家事審判官 岡 健太郎)